「こりゃあひどいな・・・」
リビングに足を踏み入れたレストレードが言った。床、壁、天井・・・すべて黒く焦げている。大きな焦げたテーブルがまず目に入った。その周りには椅子が5脚テーブルを囲むようにあり、左隣にはソファーがある。大きく、人一人ぐらいは寝転がれる。その周りを鑑識が念入りに調べている。
「おう」
レストレードが鑑識に声をかけた。
「ああ、レストレードさん。到着なさったのですね」
「ああ、いまさっきな。大体のことは無線で聞いたが、概要を教えてくれるか?」
「では、私が」
後ろから新米の刑事が名乗り出た。
「昨夜10過ぎ、この家で火災が発生しました。火災が発生したのはこのリビングで、このソファーで寝かされていた翠 千佳さんという女性が亡くなられました」
「発火原因は・・・」
「おそらく放火でしょう」
「あれか」
そういってレストレードは窓を指差した。庭に出られるようになっているテラス窓だ。庭の向こうに何台も止められたパトカーが見える。野次馬も集まってきているようだ。テラス窓の一部が割られている。ここから家の中に手を入れて窓の鍵を開けたのだろう、という推測は容易に立てられた。
「つまり、昨夜10時過ぎにこの家に何者かが忍び込み、放火をしていったってわけか」
「はい。被害者の部屋が荒らされた痕跡があります。おそらく金目当ての犯行かと」
「死体の状況は?」
「状態が悪いので、焼死したとぐらいしか」
「なるほど。さしあたり、部屋をあら捜しした後被害者と遭遇して、証拠隠滅のために被害者を気絶させリビングのソファーに寝かせ、火をつけたってところだろうな。」
「そうですね。そう考えると犯人と被害者はリビングで遭遇した、と考えるのが妥当でしょう。そして、争った痕跡などを消し去るために部屋ごと焼き払った・・・」
「まあそういうことだな。この家の間取りを考えてもそれがおそらく真実・・・」
「本当にあなたはそれが真実だと言い張るのですか?」
後ろから聞き覚えのある声がする。レストレードが振り返る。そこには不敵な笑みを浮かべた若い探偵が立っていた。シェリング・フォードだった。
「フォード!!どうしてここに?」
「よお、レストレード警部」
フォードは右手を軽く挙げて挨拶した。
「年上には敬語を使えといってるだろう!」
「ちょっとお尋ねしますよ?」
レストレードを無視し、フォードが新米刑事に言った。
「何でしょう?」
「金目当ての放火犯かもしれないという推理に少し疑問を抱きましてね。まず、時間です」
「時間?」
「ええ。犯人は金目のものを盗みに入った。とすると、犯人はおそらく住民との接触を避けるはずです」
「そのパターンがおおいな」
「とすると、10時過ぎというのは少し早すぎると思いませんか?まだ被害者が起きているかもしれない。入るなら深夜にしませんか?」
「確かにそうですね」
「外から見て電気が消えてたから入ったんだろう」
「次の疑問です」
フォードはレストレードの反論を無視して続けた。
「さっき被害者の部屋が荒らされていた、といっていましたよね?」
「はい」
「被害者の部屋はどこですか?」
「二階にいってすぐ右に曲がると、通路があり、少しいくと左に見えてきます」
「荒らされた部屋はほかには?」
「ありません」
「おかしくないですか?一階にも部屋はいくつかあります。先にそちらを探りませんか?」
「まあ、真っ先に彼女の部屋に行くのは少し変だな」
「でしょう?」
「でも、偶然見つけたということもありませんか?」
「冷蔵庫」
「はい?」
「冷蔵庫はあらされていましたか?」
「いいえ。そんな報告はないですが」
「僕ならまず、冷蔵庫や箪笥を調べますよ」
「確かに、冷蔵庫に預金通帳とか入れてる人もいるな」
「でもあらされた痕跡はない。冷蔵庫だけでなくほかのところもおそらくあらされていないでしょう。変ですよね。これではまるで、犯人が彼女の部屋の場所をあらかじめ知っていたみたいじゃないですか?」
「・・・何が言いたい?」
「いえ、別に。ただ単純な金目当ての放火犯ではないだろうと思ったのですよ」
フォードの話が終わったところでちょうど新米刑事が呼ばれ、去っていった。
「しかし、事件の起こるところにお前はほんとうによく現れるな。呪われてんじゃねえのか?」
「名探偵は難事件を呼ぶ力があるんだぜ」
「警察としては名探偵は疫病神だな」
「正直びっくりしたぜ」
「なにが?」
「それがさ。俺がこのへんにちょっと用事があって立ち寄ったら火事があったって聞いたから顔出してみたんだけどさ」
「なににびっくりしたんだよ?」
「この家にあんたが入って行くのを見たんだよ」
「それのどこがびっくりなんだ?」
「だってあんた強行犯捜査係だろ?なんで火災現場なんかにいるのかなと思ってさ。ついに火災犯捜査係に飛ばされたか〜、と思ってさ」
「あのな。『ついに』ってなんだよ。失礼だな。殺人も絡んでるからきてんだよ!!てか、そんな飛ばし方あるわけないだろ!!」
「わりいわりい。へまやらかして飛ばされたのかと思ったんだよ」
レストレードは思いっきりフォードの足を踏んだ。
「前日に被害者の翠さんに会ったのはこれで全員ですね?」
レストレードが尋ねる。
「はい。そうです」
そこにいたのは赤山、清水、灰崎、岡谷それにレストレード、さきほどの新米刑事にもう一人刑事、そしてフォードだ。
「すみませんね、こんなところで聴取なんて」
四人が集められたのは翠の家の前の道路だ。周りには多くのパトカーが止まっている。
「立ちっぱなしがしんどければ言ってくださいね」
「わかりました」
レストレードがここで調書をとる理由をフォードは考えた。まず、四人で事情聴取することによって、嘘を付かせないようにするためだ。もうひとつはこの焼けた家を見た四人の反応を見るためだろう。刑事とは冷酷な生き物だ、と探偵は思った。だが探偵も時に恐ろしいほど冷酷、冷静になる。
「それではまず、皆さんの昨晩10時過ぎの行動ですが・・・四人そろって居酒屋に入っていたとか」
「そうです」
灰崎が答えた。
「居酒屋の定員の証言もとれています」
新米刑事が言った。
「・・・と、これで皆さんのアリバイは証明されましたのでご安心ください」
「あの〜」
誰だ、口を挟むのは、とレストレードは思った。が、思ったと同時に答えは出ている。どうせあの探偵だろう。
「翠さんの誕生日パーティーに皆さん来られたんですよね?」
「そうです」
岡谷が言った。
「どうして夜居酒屋に行ったとき翠さんはいなかったのです?その日の主役だったのでしょう?」
「千佳が眠いといったから寝かせることにしたんだ」
「千佳さんは普段早寝だったのですか?」
「いいえ、そんなことはなかったと思います」
「きっと疲れていたんだろう」
「そうですか、ありがとうございます」
「24日に彼女に変わった様子は見られましたか?」
「いいえ、特には何も」
灰崎が言った。
「普段通りに私たちに笑顔を見せてくれていました」
岡谷は言った。目に少し涙を浮かばせている。
「わかりました。翠さんを恨むような人物に心当たりは・・・」
「翠を恨む人なんていませんよ」
清水が言った。
「彼女はむしろどんな人にでも愛される人でした。それほど彼女は優しい人だった」
清水はうつむいた。涙が一滴、アスファルトをぬらした。
そのあとも聴取が続いたが、これといった証言を得ることはなかった。
「皆さん長い間聴取ご苦労様でした。犯人逮捕に繋げていきます」
「刑事さん」
赤山が言った。
「犯人を必ず捕まえてください」
彼の目は輝いていた。涙を溜めている。その目はまっすぐとレストレードの両目を見ていた。
「もちろんです」
レストレードは力強く答えた。
聴取が終わった。四人は念のためパトカー待機となっている。フォードがレストレードに近づいた。
「どう思う、この事件」
話しかけたのはレストレードからだった。
「ああ、完全に『金目当ての放火犯による殺人』に、世間一般には捉えられるな」
「フォード。お前の考えを訊きたいんだ」
「俺は、初めっから単純な事件じゃないといってるだろ?」
「まあ、そう示唆していたな。しかし、俺のちっぽけな脳では単純な事件と思っちまう。確かにお前が言っていたことは気にはなる。なぜ彼女の部屋しか荒らされていなかったのか・・・しかし、それにしたって無理やり理由付けようとすればできないこともない。何より家から火が出始めたのが10時過ぎ・・・そのころあの四人は居酒屋にいたんだ。被害者の家を燃やすことなんてできない。アリバイが成立しちまってる」
「おいおい、あの四人の中に犯人がいる・・・なんて言ってないだろう?」
「どうせお前はそう思ってるんだろう?」
「・・・ご明察」
フォードはパチンと指を鳴らした。
「なぜそう思う?」
「なんか、引っかかるんだよな〜。なんかこう靄がかかってるっていうか・・・」
「靄?」
「まだ何かある気がするんだよ・・・。単純な事件という顔に隠された大きな真実が・・・」
フォードは真剣な顔つきでそう言い残し、身を翻して謎を隠した焦げた家に入っていった。
彼女が殺されたリビングにフォードは入った。丸焦げである。フォードはその絶望とも言える景色の中に、一筋の可能性の光を見出そうとしていた。どんな小さな犯人のミスも逃さないつもりだ。彼の眼は獲物を捕らえる狼のようにギラギラと不気味なほど輝きを放っている。彼はまずソファーに近づいた。
「すいません」
老けた鑑識に話しかけた。50代ぐらいだろうか。
「この現場で見つかったものを見せてもらえますか?」
「ああ、フォードさん。はいはい、わかりました。私で回収したものはこれです。これ以外はまだ触っていません」
「ありがとうございます」
フォードは袋を鑑識にもらった。袋は透明で中には焦げたなにかが入っている。目を凝らすと、なにか金属のようなものが溶けた後だった。
「これは?」
「携帯電話です」
「携帯電話?」
「はい。高温によって溶かされているのですよ」
「どこに落ちていたんです?」
「あのテーブルの下です」
鑑識が指差したテーブルは、かなり焦げていた。周りには椅子が5脚置かれている。これらももちろん焦げているが。フォードはテーブルに近づいた。
「ここに落ちていたんです」
鑑識が指差したのはテーブルの縁の下だった。
「携帯電話がなにかの拍子にテーブルから下に落ちたみたいですね。このテーブルでパーティーをやっていたそうですし、気づかないうちに落としてしまったんでしょうな」
「たしか、亡くなった翠さんの誕生日パーティーだったな・・・携帯電話の持ち主は誰だったんです?」
「ええと、赤山 健人のものでしたな」
「ああ、彼のですか。ありがとうございました」
「では・・・」
フォードは携帯電話が落ちていた部分の床をしゃがんで見た。かなり焦げている。そこにはまだ燃え残りがあった。
「なんだこれ・・・」
フォードが地面にへばりついた白いものを触った。液体のように見えるが、固まっている。触るとひび割れた。
「(これは・・・蝋か)」
フォードは床に腹ばいになった。視線を低くした。するとテーブルの下に何かが見える・・・
「(こげた・・・硝子の破片か。・・もう一つ何かあるぞ・・・これは・・・)」
その焦げたものを手に掴み、顔の近くに持ってくる。
「これは・・・何の燃えカスだ?木屑か?いや・・・違う」
フォードはよく観察した後、その燃えカスを口に放り込んだ。その瞬間を偶然見ていた先ほどの老けた鑑識があわてて飛んできた。
「フォードさん、何してるんですか!?そんなもの食べるなんて・・・」
「・・・甘い・・・」
「・・・甘い!?それがですか?」
「確かに焦げて苦いが、かすかに甘い・・・もしかして・・・」
フォードは急に何かに取り付かれたかのように走り出した。一階から順に各部屋を全速力で入っては見渡し、出て行く。それを数部屋で繰り返した後、二階の翠の部屋に付いた。フォードの眼は本棚を捉えた。
「・・・・・世界生物図録1巻、2巻、3巻・・・そして、5巻・・・」
「おいフォード!!」
レストレードがやってきた。
「どうした。お前がいきなり家中を駆け回り始めたって聞いたぞ。何があった?」
「これを見てみな、レストレード」
「ん?本棚のことか?たくさん本が入れてあるな」
「ここを見ろって」
「ええと『世界生物図録』か」
「この図録、4巻だけがないんだ」
「ええ?・・・ああ本当だ。1巻、2巻、3巻ときて5巻、6巻・・・確かに4巻がないな。それがどうしたんだ?」
「おかしくねえか?」
「たまたまないだけだろ」
「ほかの本を見てみな。シリーズものの小説や数巻にわたる辞書や図鑑・・・すべて全巻きっちりそろえてある」
「・・・確かに。あいだが抜けてるのはこの生物図録だけだな・・・。だけどそれがどうしたんだよ?確かにちょっと違和感はあるが、たいしたことか?」
「ああ、たいしたことなんだよ!謎が解けるかもしれない・・・」
「『謎』?」
「ああ、そうだ。犯人の仕掛けたトリックがわかったぞ!」
「トリック?一体何の話をしているんだよ?」
「ん?なんだこれ?」
フォードは本棚の上にある黒いスクラップブックを手に取った。
「スクラップブックってやつだな」
「ああ・・・。新聞記事とかがたくさん貼ってある・・・」
「・・・ん?フォード。こいつちょっとおかしくねえか?」
「ああ。どの記事も十年前に起きた交通事故の記録ばっかりだ・・・ええと、『飲酒運転 夫婦死亡』・・・」
「なんでこんなものが貼り集められてんだよ?亡くなった翠さんがこの事件の情報を集めていたのか?何故だ・・・?」
「・・・そうか。そういうことだったのか!!」
「何だよ?」
「この事件の真相がわかったぞ」
「本当か!?」
「ああ、あの四人を集めてくれ。いくつか質問しなくちゃならねえ」
「・・・いつもどおり真相を教えてくれなさそうだな。もったいぶるのはお前の悪い癖だ」
「すまないね。まだ100%の確証を得てないんだ」
「よし。下の道路で四人を集める」
「頼んだぞ」
「まったく・・・敬語を使えよ、年上なんだぞ。二十歳は離れてる」
「はいはい。お願いしま〜す」
フォードは顔の前で合掌した。
「・・・ったく」
レストレードは翠の部屋を抜け、階段を駆け足で下りていった。
フォードはゆっくりと歩みだした。真実を暴き、犯人に真の罪を償わせるために・・・
彼の眼は狼以上に鋭い輝きを放っていた。
※この小説はフィクションです。実際の(ry
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